親鸞聖人の教えとは

親鸞聖人の教え、といっても、仏教以外には全くないことを前回お話しました。

「親鸞、さらに珍しき法をひろめず」 「親鸞まったく私なし」 と仰言っています。

では、仏教とはどんな教えなのでしょうか。

仏教とは、仏のとかれた教え、ということです。仏とは、今から約二千六百年前

インドで活躍されたお釈迦様のことです。そのお釈迦様80年のご一生、教えら

れた教えを、今日仏教といわれます。

そのみ教えは、七千巻以上のお経に書き残されています。

そのお経すべてを何度も読まれた親鸞聖人は、

「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」 (正信偈)

お釈迦様が仏教をとかれた目的は、阿弥陀仏の本願一つであった、と断言

されています。

ですから、仏教とは、阿弥陀仏の本願一つ教えられたものなのです。

阿弥陀仏とは、お釈迦様とは違います。

御文章には、「ここに阿弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師本仏なり」

と書かれています。 大宇宙の数限りない仏を、三世十方の諸仏といいます。

本師本仏とは、先生の仏、師匠の仏、ということです。

お釈迦様も三世十方の諸仏の一人ですから、お釈迦様も、阿弥陀仏のお弟子、

ということになります。 弟子の使命は、先生の願いをお伝えすることだけですから、

お釈迦様は、先生である阿弥陀如来の本願をお伝えすることを、生涯の任務と

されたのであります。

ですから、一切経には、阿弥陀仏のことばかりが褒め称えられている、と天台も

次のように言っています。

「諸経所讃 多在弥陀」 (一切経には、阿弥陀仏のことばかりがほめたたえられ

ている)

だから、仏教とは、阿弥陀仏の本願一つが教えられており、仏教を聞くとは

阿弥陀仏の本願一つを聞く、ということです。

お釈迦様が生涯、弥陀の本願一つ教えられましたので、親鸞聖人も一生涯、

阿弥陀仏の本願を説き続けられたことはいうまでもありません。

では、阿弥陀仏の本願とは、なんでしょうか。

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