親鸞聖人と人生の目的

親鸞聖人ほど、人生の目的をハッキリと教えていかれた方はないでしょう。
主著である教行信証の冒頭にも、

「難思の弘誓は、難度海を度する大船」

と、生きる目的を明示なされています。
まず、「難度海」 とは、なんでしょうか。
これは、私たちの人生のことです。「難度」とは、苦しい、ということ。
苦しみ、悩みの波が、次から次へとやってくる海のようなものが人生なので、
親鸞聖人は「難度海」と、私たちの人生を仰言っています。

生まれた時が、この難度海に放り込まれたようなもの。
見渡す限り、水と空しかみえない。
さて、どこに向かって泳ぎますか? (AとBの会話)

A「周り中、水と空しか見えない海に放り出されたら、どうしますか?」
B「泳ぐしかない」
A「じゃあ、どこへ向かってですか?」
B「そんなこと知らん。泳げるだけ泳ぐだけじゃ」
A「それじゃ、土左衛門になって死ぬだけですよ。
  土左衛門になるために泳いでいる、ということになりますよ」
B「 ………(無言) 」
A「だから、泳ぐ目的地がまず大事なんです。
  島や陸地の方角を知らずに泳いでいたら土左衛門になるだけです。
  あそこに島がある、とハッキリしていてこそ、頑張って泳ぐ
  ことができます。
  あの島まで泳ごう、と目的地に泳ぎ着いてはじめて、ここまで
  泳いできてよかったと、一生懸命泳いできた満足があるんです」

みな、「どう生きるか」という生きる手段しか知らず、
肝心要の「なぜ生きる」の大事を知らない。
目的地知らずに泳いでいる人生。だから、難度海になるのは必然なのです。

正しい親鸞聖人の教えは、親鸞会でしか聞くことができません。
親鸞会で、親鸞聖人のほんとの教えを聞き、人生の目的を聞きましょう。

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