親鸞聖人の教え 弥陀の本願
親鸞聖人が90年間教えられたことは、弥陀の本願以外にはありませんでした。
なぜなら、仏教を説かれたお釈迦様が、阿弥陀仏の本願以外には教えられなかったからです。
「さらに親鸞、珍しき法をひろめず、釈迦如来の教法を我も信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり」
と常に仰言っていた親鸞聖人ですから、当然、弥陀の本願以外には教えておられないのです。
親鸞聖人の主著、教行信証の書き出しも、「難思の弘誓は難度海を度する大船」とあるように、
難思の弘誓(弥陀の本願のこと)はこうだよ、と書かれています。
あの有名な歎異抄の最初も、「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をばとぐるなり」
と、弥陀の誓願(阿弥陀仏の本願のこと) からはじまっております。
では、阿弥陀仏の本願とは、一体何なのか。
大宇宙に無数にまします諸仏の王である阿弥陀仏が、実に尊い、素晴らしいお約束をされて
います。 本願とは誓願ともいい、約束のことです。
「どんな人をも、必ず一念で、絶対の幸福に助ける」
という本願を立てておられます。
まず、約束の相手は、「すべての人」です。 男女、老少、人種、才能の有る無し、一切関係
ありません。阿弥陀仏のお約束の相手に入っていない人はありません。
こんな約束をしておられる仏はほかに一仏もありません。
親鸞聖人は、弥陀の本願のことを、超世の悲願、無上殊勝の願、といわれる所以の一つが
ここにあります。