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親鸞聖人の言葉

火曜日, 7月 14th, 2009

親鸞聖人が言い残したとされる言葉は、とても多く存在します。
また、それらの言葉は親鸞会で親鸞学徒が朝晩拝読するものですので、学徒にとってはなじみの深い、よく知られている言葉です。今回はそんな親鸞聖人のお言葉をいくつか紹介します。

「誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、
聞思して遅慮することなかれ」
(総序)

弥陀の誓願まことだった、本当であった、ということで、弥陀の誓願に、微塵の疑いもなくなった親鸞聖人の叫びです。そして、「人生は短い、くだらん理屈をこねてもたもたしているうちに、あっという間に臨終だ。早く早く、弥陀の誓願を聞きぬきなさいよ」と勧めておられるのです。

また、こんなお言葉もあります。

「 真心徹到するひとは 金剛心なりければ
三品の懺悔するひとと ひとしと宗師はのたまえり」

人は、何かを信じなければ生きてはいけませんが、金さえあればの金信心、名誉や地位の信心、恋人、結婚、いい会社に就職すればきっと幸せになれる、というような信心は、死ぬまでキリがなく、これで本当に満足できたということがない。いわゆる、死ぬまで求道、死ぬまで不平不満がなくなりません。

しかし、真実の信心(真心)には、徹到ということがある。徹底して到った、行くところまで行き着いた、完成した、卒業した、ゴールに入った、人生の本当の幸福(金剛心)を獲得した、ということがあるのだ、この信心決定こそが本当の人生の目的なのだ、ということを教えられているのです。

世界の光である親鸞聖人の教えを、正確に、速やかに、1人でも多くの人にお伝えする、これが浄土真宗
親鸞会結成の目的なのですね。

なぜ幸福になれないのか?親鸞聖人の正しい教えとは

土曜日, 6月 20th, 2009

いつの時代もすべての人は幸福を求めて生きています。そして懸命に努力しています。それなのにどうして、人は幸せになれないのでしょうか。それは、「人生の目的」と「生きがい」を間違えているからだと、釈尊も、親鸞聖人も教えられていることなのです。これは親鸞会の勉強会で学んでいることです。「人生の目的」と「趣味や生きがい」の相違を知っている人は少ないかもしれません。

希望の大学に合格する。
安定した職業につく。
理想の恋人を獲得する。
外国語やパソコンをマスターする。
スポーツに熱中して国際的な大会に出場する。
芸能界にはいって有名になる。
行政府や立法府で国の経営に参画する。
介護や福祉の仕事について働く。
大金持ちになる。
幸せな家庭を築く。
病気を克服して健康をとりもどす、など・・・

これは具体的な目標である生きがいであり、人生の目的とは明らかに違うのです。その違いは大きく分けて、次の3つになります。

(1)趣味や生きがいは人それぞれだが、
人生の目的は万人共通で唯一のものであること。

(2)趣味や生きがいには、金輪際完成ということはないが
人生の目的には完成があること。

(3)人生の目的は、臨終に達成されても
人生の勝利者といえるものであること。

趣味や生きがいは人それぞれ。上から強制されたり、他人に合わせる必要はありません。農業に力を入れる人もあれば、都会で働く人もいます。百人百様、人それぞれであっていいのです。
これに対し、人生の目的とは、万人共通唯一のものなのです。
これは「なぜ、自殺してはならないか」の答えであります。
日本人も、中国人も、アメリカ人も、ロシア人も、生命の重さに、差別はありません。すべての人は、幸福になるために生きています。
「人生の目的」は全人類の究極の関心事であり、親鸞聖人が明快に教えてくださったことです。親鸞会ではこの親鸞聖人の正しい教えを皆で学んでいます。

親鸞聖人の言われる「他力」とは何か

水曜日, 5月 13th, 2009

親鸞会では、高森顕徹先生より親鸞聖人の教えを学んでいます。

「他力」という世間でも使われる仏教用語がありますが、多くは誤解されて用いられています。

「他力本願ではいけない、自力更生でなければならぬ」などという言葉の使い方に私たちは慣れ親しんでいますが、親鸞聖人の言われる「他力」とは、決してそのような意味ではありません。
本来、仏教で言う「他力」とはどんな意味かご存知でしょうか。親鸞聖人は「『他力』と言うは如来の本願力なり」(教行信証)と明示されています。如来とは、阿弥陀如来のことですから、阿弥陀如来の本願力のみを他力というのです。
阿弥陀如来とは、大宇宙のあらゆる仏の先生です。親鸞聖人は、「無明長夜の闇を破し、衆生の志願を満てたまう」力である、つまり、何のために生まれ、生きているのか、なぜ苦しくとも生きねばならないのか分からない。死に直面すると真っ暗な心です。生きている現在ただいま、この後生暗い心をぶち破り、明るい日本晴れの大安心にするお力こそ、弥陀の本願力(他力)なのです、とおっしゃっています。

もちろん、「衆生の志願を満てたまう」とは、食欲や睡眠欲などの私たちの欲を満たすという事ではなく、「永遠に変わらない幸福にしてみせる」という、弥陀の崇高な志願を、衆生の上に満たしてくださるということです。ですから、弥陀の本願力に救い摂られたならば、苦しみの人生が、歓喜あふれる人生になるです。
人間に生まれたのはこれ一つであったと、人生の目的が完成し、矢でも鉄砲でものファイトがわいて、たくましい人生が開けるのです。
他力に生かされた親鸞聖人のご生涯を知れば、明らかですね。

「他力」が弥陀の本願力のことを示すことはご理解いただけたと思いますが、時々自分の力以外をすべて他力と思い、太陽の働きや雨や風や空気、その他自然の働きもすべて他力と思われる方もおられますので、それは違うことを親鸞会では親鸞聖人のお言葉を提示して伝えています。
なぜなら、もし太陽や自然現象をすべて他力とするなら、干ばつや地震や台風で人命を脅かし、財産を失わせる時、それが他力、阿弥陀如来のお力とすることは、大慈大悲の阿弥陀如来に対する濡れ衣といわねばなりません。
もちろん、自然の力や人々の協力の恵みに感謝の気持ちを持つことは大切ですが、これを弥陀のお力と思ってはならないのです。

蓮如上人を知ろう

木曜日, 3月 12th, 2009

今回は、浄土真宗で有名な蓮如上人について学んでみましょう。

親鸞聖人の教えを学ぼうとするとき、重要になる蓮如上人についてご紹介していきたいと思います。

蓮如上人は、約500年前、室町時代に活躍なされた方です。

蓮如上人は一体どんな人物か、もしひとことで言い表すとしたら
『浄土真宗の中興の祖』と言われています。

蓮如上人のことをよく知らない、という人でも、名文「白骨の御文章」は浄土真宗の葬式・法事などで必ず拝読されているので、聞いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。
この中では、「後生の一大事」が教えられていて、人生の目的は、後生の一大事を知り、解決することだ、ということが述べられています。

蓮如上人は、教義を手紙という解りやすいスタイルで書かれたことが有名です。蓮如上人によって書かれたその手紙の多くは「御文章」に収められています。

御文章には、親鸞聖人の教えが、平仮名まじりのわかりやすい文章で書かれてあります。

御文章は、もともとは、蓮如上人がご門徒にあてたお手紙であったのですが、それを蓮如上人のお亡くなりになった後、お孫さんの円如法師が全国を歩き回って集め、5帖80通の「御文章」として編纂されたと言われます。1帖目から4帖目は年代順、5帖目は、いつ書かれたかわからないものをまとめられてあります。
お手紙の形でありましたから、これが書き写され、各所で読まれ、親鸞聖人の教えが伝えられていったのです。

近江商人である堅田門徒が東北、北陸から山陰地方に至るまで、幅広い行商に回りながら、「御文章」を読み聞かせたとされています。

今日、親鸞聖人の教えを私たちが聞かせていただけるのも、蓮如上人のご活躍があったからなのですね。